朝晩たっぷり歩いているのに、家に帰るとまた走り回る。ドッグランで思いきり遊ばせた日ほど、夜になっても目がぎらついている。そういうご相談をよく受けます。運動が足りないのだと考えて距離を伸ばし、それでも変わらない。この記事では、そこで見直す先を「運動の量」ではなく「その子の一日に仕事があるかどうか」に移してみます。
「落ち着きがない」は性格ではなく、行き場のない状態
落ち着きのなさは、その子の欠点として語られがちです。けれど、犬の一日を犬の側から見ると、別の景色が見えてきます。
2019年に応用動物行動学の学術誌に載った研究の書き出しに、印象的な一節があります。家庭犬は、日々の活動を自分で選ぶことができず、においを嗅いで探すといった、その子にとって当たり前の行動をとる機会もふつうは与えられていない、という指摘です。散歩の道順を決めるのは人です。ごはんの時間も、遊ぶ相手も、寝る場所も人が決めます。犬が自分で決められることは、実はほとんどありません。
そう考えると、家じゅうを走り回る、来客に飛びつく、些細な物音に吠える、といった行動は、性格の問題というより、使い道のないエネルギーが出口を探している状態に見えてきます。飛びつきへの向き合い方は犬の飛びつきの記事に、吠えの理由の分け方は犬はなぜ吠えるのかの記事にまとめています。
ここで大切なのは、行動を消そうとする前に、その子の一日に何が足りていないかを見ることです。足りないものが分かれば、押さえこまずに済みます。
走らせても落ち着かない ― 体の疲れと頭の疲れは別
「疲れさせれば落ち着く」は、半分だけ当たっています。体を動かせば体は疲れます。ただ、体を疲れさせることと、頭が満ちることは、別の話です。それどころか、全力で走らせる遊びを毎日続けると、その刺激に体が慣れて、同じ量では物足りなくなっていきます。
先ほどの研究は、この二つを分けて調べています。1歳以上の家庭犬20頭を二つの群に分け、片方には毎日ノーズワーク(においで隠したものを探す活動)を、もう片方にはヒールワーク(人の足側について歩く練習)を、2週間続けてもらいました。前後で、あいまいな刺激にどれくらいの速さで近づくかを測っています。近づくまでの時間が短いほど、その子が前向きな気持ちでいる、と読み取る方法です。
結果は、ノーズワークをした群だけ、近づくまでの時間が有意に短くなり、ヒールワークの群では変わらなかったというものでした。同じ2週間、同じように毎日取り組んでも、内容によって差が出たわけです。
ひとつ、正確にお伝えしておきます。この研究が測ったのは「興奮が収まったか」ではなく、あいまいなものへ近づく速さという、気持ちの向きを見る指標です。20頭・2週間の小さな研究でもあります。ですから「においを嗅がせれば興奮が止まる」とは言えません。言えるのは、体を動かす練習より、においで探す活動のほうが、その子の気持ちの向きを変えたという報告があるということです。
散歩でも同じことが言えます。距離を稼ぐより、においを嗅ぐ時間を長く取るほうが、犬は満ちた顔で帰ってきます。散歩の組み立て方は犬の散歩は量より質の記事にまとめています。
「役割」を与えるとはどういうことか
介助犬や盲導犬が街なかで静かに伏せている姿を見て、特別な犬種なのだ、と感じたことはありませんか。厳しく訓練されているからだ、と説明されることもあります。ただ、実際にそばで見ていると、あの落ち着きを支えているのは、その子に果たすべき役目があることだと感じます。やることが決まっていて、それを果たせている犬は、余ったエネルギーを持てあましません。
家庭犬に介助の仕事はありません。けれど、犬がもともと持っている「探す」「運ぶ」「選ぶ」という動きを、暮らしの中の小さな役目として渡すことはできます。落としたタオルを拾ってかごに入れる。おやつのありかを鼻で当てる。散歩から帰ったら自分のリードを持って所定の場所へ行く。どれも人の役に立つかどうかは関係なく、その子にとって「やることがある」形になっていれば十分です。
この考え方は、教え方の原則とも合っています。アメリカ獣医行動学会(AVSAB)は、教える方法は、望ましくない行動を罰するより、してほしいことを教えることに焦点を当てたときにもっとも効果的であると述べています。役割を渡すことは、まさに「してほしいこと」を具体的な形で示す作業です。同じ声明は、飛びつきや吠えといったよくある課題が、環境を適切に整えることと望ましい反応を強化することで扱えるとも述べています。
逆に、力や痛み、不快感に頼って押さえこむやり方は使いません。AVSABは、そうした方法を犬のトレーニングや行動の問題の治療に用いるべきでないとしています。走り回るのを叱って止めても、行き場のなさは残ったままです。考え方の全体は犬のしつけの手法の記事にまとめています。
今日からできる仕事の作り方 ― 探す・運ぶ・選ぶ
難しい道具は要りません。家にあるもので始められます。
- 探す:おやつを数粒、部屋のあちこちに置いて「探して」と声をかけます。慣れてきたら、タオルの下、紙コップの中、箱の隅へ。目で見つけられない場所に隠すほど、鼻を使います。
- 嗅ぎ分ける:紙コップを三つ伏せ、ひとつだけにおやつを入れます。当てられたら、そこを開けて食べさせます。
- 運ぶ:靴下やタオルを渡し、決めた場所へ運んでもらいます。持っていく先を一か所に固定すると、その子の中で「仕事」の形になります。
- 選ぶ:おもちゃを二つ並べ、どちらで遊ぶかをその子に決めてもらいます。決められることが一日に一つ増えます。
- ばらして与える:一食ぶんのフードを器で出さず、知育トイや転がすタイプの入れ物に移します。食べる時間そのものが仕事になります。おもちゃの選び方は犬のおもちゃの選び方の記事にまとめています。
進め方には、ひとつだけこつがあります。簡単すぎるところから始めることです。VCA動物病院は、慣らしていく練習について反応が最小限で済むごく弱い形から始めること、こわがりや興奮のサインが出たらその回は続けないこと、無理に続けると反応が強くなることを述べています。難しくしすぎると、探すのをあきらめるか、興奮して部屋じゅうを荒らすかのどちらかになります。見つけられる場所から始めて、できたら少しずつ隠す場所を増やしてください。
先ほどの研究で著者らは、嗅覚を使う時間を増やすことで犬はより楽観的になり、探しまわる時間を与えることで福祉が改善されると結論づけています。特別な設備のいらない、においで探す時間。それを一日のどこかに置くところから始めてみてください。
何を仕事にするかは、その子の得意なことによって変わります。物を運ぶのが好きな子、嗅ぎ分けが得意な子、人と目を合わせて動くのが好きな子。K9 Harmonyは板橋区を中心に、ご自宅へうかがう出張トレーニングを行っています。その子の得意を見きわめて、暮らしに合う仕事の形を一緒に作れます。
マンションでもできる ― 狭くても、音を立てなくても
「走らせる場所がないから落ち着かないのだ」と考えている方は多いと思います。板橋区の住まいの未来ビジョン2025 住宅白書によれば、平成25年住宅・土地統計調査の時点で、区内の住宅の78.3%が共同住宅です。走らせられる家のほうが少ない、というのが実際のところです。
ここまで書いてきた仕事は、どれも走る必要がありません。むしろ狭い部屋のほうが向いています。廊下の端から端まで嗅がせる、ソファの下に一粒置く、箱を三つ並べる。畳一枚ぶんの広さで足ります。
音の面でも、この形は集合住宅と相性がよいものです。環境省の家庭動物等の飼養及び保管に関する基準は、犬の飼い主に対して、頻繁な鳴き声などの騒音で周辺の住民の日常生活に著しい支障を及ぼさないよう努めることを求めています。走り回らせる遊びは足音と吠えを生みますが、鼻を使う活動は静かです。夜、下の階に気をつかう時間帯にこそ向いています。マンションでの暮らし方全般はマンションで犬と暮らす記事にまとめています。
眠れていますか ― 休息が足りないと、興奮は下がらない
仕事を作るのと同じくらい、見ておきたいことがあります。その子が、日中も夜も、じゅうぶんに休めているかどうかです。
2022年に発表された、家庭犬1,330頭の飼い主に尋ねた調査では、飼い主が就寝しているあいだの睡眠が6時間に満たなかった犬で、飼い主が報告した困りごとの重さが大きい、という関係が見られました。著者らは、犬にとっての最適な睡眠時間を定めることはできないとしたうえで、困った行動を睡眠を削ることで直そうとすべきではない、と述べています。
これは飼い主の報告にもとづく調査で、睡眠不足が困りごとを起こすと証明したものではありません。それでも、家の中を見直す手がかりにはなります。
- その子の寝床は、人の動線から外れていますか。人が通るたびに顔を上げる場所では、深く眠れません。
- テレビの音、キッチンの物音、玄関の気配。そのすべてが届く場所に寝床がありませんか。
- 日中、家族が代わるがわる声をかけたり、なでたりしていませんか。起こされ続けている子は少なくありません。
- ひとりで静かに過ごせる囲いはありますか。落ち着ける居場所づくりはクレートトレーニングの記事にまとめています。
「疲れさせれば眠るはず」と考えて予定を詰めこむと、逆になることがあります。眠れていない子は、興奮しやすい状態のまま一日を過ごします。留守番中の過ごし方は犬の留守番の記事にまとめています。
それでも下がらないときに ― 体の痛みと、相談先
仕事を作り、休息を整えても変わらないときは、体のほうを疑います。落ち着きのなさに見えるものが、痛みや不快感から来ていることがあります。関節や背中の痛み、皮膚のかゆみ、消化器の不調。歳を重ねてから急に落ち着かなくなった場合も同じです。ご家庭で病名を見分けることはできません。かかりつけの動物病院(獣医師)にご相談ください。
受診のときは、いつ・どんな場面で・どのくらい続くのかをメモか動画で持っていくと、診察が進みます。診察室では出ないことが多いためです。
行動の面では、その子が出している小さなサインを拾えるようになると、上がりきる前に手を打てます。顔をそむける、体を固くする、しきりに舌なめずりをする。サインの読み方は犬のカーミングシグナルの記事にまとめています。
まとめ
落ち着きのなさを、その子の性格として片づけないでください。変えられるのは、一日の中身のほうです。距離を伸ばす代わりに、においで探す時間を置く。走らせる代わりに、運ぶ・選ぶという小さな役目を渡す。そして、しっかり眠れる場所を用意する。においを使う活動を2週間続けた犬たちの気持ちの向きが変わったという報告は、その一歩を後押ししてくれます。
「うちの子には何が向いているか分からない」。そう感じたら、体験トレーニングでその子の得意から一緒に探せます。ご予約は予約ページ、または LINE からどうぞ。
通いの教室と自宅にうかがう形では、練習できる場面が変わります。違いは出張と通いのどちらが向くかにまとめています。
出典一覧(クリックで開く)
Duranton C, Horowitz A「Let me sniff! Nosework induces positive judgment bias in pet dogs」Applied Animal Behaviour Science 2019;211:61-66(2026-08-09 参照): https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0168159118304325 /逐語「Pet dogs can be considered ‘captive’ insofar as they cannot choose their daily activities; nor do they generally have the opportunity to express the natural behaviors necessary for their welfare – such as olfactory foraging behaviour.」「dogs from the experimental group practiced nosework, and dogs from the control group practiced heelwork.」「Results show that the latency to approach the ambiguous stimulus declined significantly after treatment in the experimental group, whereas the latency did not change for dogs in the control group.」「We conclude that allowing dogs to spent more time using their olfaction through a regular nosework activity makes them more optimistic. By allowing dogs more ‘foraging’ time, their welfare is improved.」(家庭犬は日々の活動を選べず、嗅いで探す行動の機会が乏しい。2週間のノーズワーク群のみ、あいまいな刺激に近づくまでの時間が有意に短くなった。ヒールワーク群は変化なし)。★対象は1歳以上の家庭犬20頭・2週間。測定したのは楽観性の指標であり、興奮の程度ではない。
Tooley C, Heath SE「Sleep Characteristics in Dogs; Effect on Caregiver-Reported Problem Behaviours」Animals (Basel) 2022;12(14):1753(2026-08-09 参照): https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9312228/ /逐語「Dogs shown to sleep less than 6 h whilst their caregivers are in bed showed a greater caregiver-reported severity of problem behaviours.」「Whilst it is not possible to determine an optimal canine sleep duration, sufficient evidence is presented to argue that problem behaviour should not be remedied by sleep deprivation.」(飼い主の就寝中の睡眠が6時間未満だった犬で、報告された問題行動が重かった。最適な睡眠時間は定められないが、問題行動を睡眠を削って直そうとすべきではない)。★1,330頭・飼い主への質問紙調査。因果を示したものではない。
AVSAB「Position Statement on Humane Dog Training」(2021)(2026-08-09 参照): https://avsab.org/wp-content/uploads/2021/08/AVSAB-Humane-Dog-Training-Position-Statement-2021.pdf /逐語「Training methods are most effective when they focus on teaching the animal what to do, rather than punishing them for unwanted behaviors.」「Common training issues such as jumping, barking, and housetraining can be managed by arranging the environment appropriately and reinforcing desirable responses.」「The application of aversive methods – which, by definition, rely on application of force, pain, or emotional or physical discomfort – should not be used in canine training or for the treatment of behavioral disorders.」(してほしいことを教える形がもっとも効果的。飛びつき・吠えは環境調整と強化で扱える。力・痛み・不快感に頼る方法は用いるべきでない)。
VCA Animal Hospitals「Introduction to Desensitization and Counterconditioning」(Ellen Lindell, VMD, DACVB ほか・2026-08-09 参照): https://vcahospitals.com/know-your-pet/introduction-to-desensitization-and-counterconditioning /逐語「Desensitization begins with a very low intensity of exposure – low enough that any reaction is minimal.」「Do not continue with a session if your pet shows signs of fear or arousal.」「Continuing exposure when a pet is uncomfortable can result in an exaggerated response.」(反応が最小限で済む弱い形から始める。こわがりや興奮のサインが出たら続けない。無理に続けると反応が強まる)。
環境省「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」(平成14年環境省告示第37号・最終改正 令和4年環境省告示第54号・2026-08-09 参照): https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/laws/nt_r02_21_1.pdf /逐語「犬の所有者等は、頻繁な鳴き声等の騒音又はふん尿の放置等により周辺地域の住民の日常生活に著しい支障を及ぼすことのないように努めること。」(第4 犬の飼養及び保管に関する基準3)。★努力義務として書かれた基準。
板橋区『住まいの未来ビジョン2025 住宅白書』第2章 住宅ストック(原資料=平成25年住宅・土地統計調査・2026-08-09 参照): https://www.city.itabashi.tokyo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/122/attach_90477_11.pdf /逐語「『一戸建て』の専用住宅が20.3%(54,420戸)、『共同住宅』は78.3%(209,880戸)となっています。」