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犬は本当に”すぐ忘れる”のか ― 記憶の仕組みからわかる、伝わるしつけ

「犬はすぐ忘れる」「その場だけ」と、よく言われます。トイレを失敗した数分後に叱っても、愛犬はきょとんとしている――そんな経験から、「犬は短い時間しか覚えられない」と受け取っている人は多いです。けれども、近年の研究がみせているのは、少し違う姿です。犬は、思っているよりずっと多くのことを覚えています。うまくいかないときの本当の問題は、「覚えていない」ことではなく、「何と何が結びついたか」のほうにあります。

この記事では、犬の記憶の仕組みを研究の一次情報にもとづいて整理し、それを毎日のしつけや暮らしにどうつなげるかまでをお話しします。犬が覚えるのは”出来事そのもの”よりも”結びつき(連合)”だ――この一点を押さえると、「なぜ叱るタイミングが問題になるのか」「なぜ一度の怖い体験が長く残るのか」「なぜ同じ場所で同じ行動が出るのか」が、一本につながって見えてきます。犬の学習と行動の土台は、犬のしつけ入門にもまとめています。なお、記憶や反応の変化で気になることがあれば、早めにかかりつけの動物病院や、動物の行動を専門にみる獣医師(獣医行動科)に相談してください。

「犬はすぐ忘れる」は誤解 ― 覚えているのは”出来事”でなく”結びつき”

まず、いちばん広まっている「犬はすぐ忘れる」という思いこみを、研究の側から見なおします。ここを組み替えると、しつけの考え方そのものが変わります。

「すぐ忘れる」と言われる、本当の理由

犬のトレーニングでは昔から、「叱るなら行動の直後、数秒のうちに」と言われてきました。これは、犬が「いましている行動」と「その結果」を結びつけるには、両者が時間的に近くにある必要があるからです。トイレを失敗した数分後に叱っても、犬にとっては「叱られた」ことと「そこで排泄した」ことが別々の出来事になり、結びつきません。ここから「犬は短い時間しか覚えていない」「すぐ忘れる」という言い方が広まりました。けれども、「結びつけられない」ことと「覚えていない」ことは、まったく別のことです。犬は出来事を忘れているのではなく、離れた二つの出来事を、原因と結果として結びつけられないだけなのです。

意図せず見た行動も、1時間後に思い出せる

犬が「その場だけ」で生きているわけではないことを、はっきりと示した研究があります。ハンガリーの研究チームによるフガッツァらの研究(Current Biology, 2016)です。研究チームは、人がやってみせた動作を犬が真似る「Do as I Do(私がやるとおりにやって)」という手法を応用しました。ポイントは、犬に「あとで真似してね」と予告しない点です。犬が「これは大事だから覚えておこう」と身構えていない、ふつうに見ただけの動作を、あとから思い出せるかを調べました。研究では、動作を見せてから1分後と1時間後に、それぞれ想起を試しています。その結果、犬は1時間後でも、見た動作を再現できました。時間がたつと正確さは少し下がったものの、思い出す力そのものは残っていたのです。研究チームは、これを人のエピソード記憶に似た「エピソード様記憶」の証拠だと述べています。

アメリカンケネルクラブ(AKC)も、この研究を紹介しながら、「犬はその瞬間を生きているだけの存在ではなく、いつも記憶をつくり、必要なときに思い出せる」と説明しています。つまり犬は、私たちが思うよりもずっと多くの日々の出来事を、静かに記録しています。

だから、犬を変えるのは”結びつき”――そして科学の限界

ここで大切なのは、「犬はよく覚えている」からといって、人の言葉の意味を理解して反省したり、昨日の失敗を悔やんだりするわけではない、という点です。研究者はあくまで「エピソード”様”(人のそれに”似た”)記憶」という慎重な言い方をしています。犬が人のように過去を振り返って味わっている、と証明されたわけではありません。行動の場面で犬を動かしているのは、多くの場合「Aが起きるとBがついてくる」という”結びつき(連合)”です。この視点に立つと、しつけの仕事は「叱って出来事を忘れさせる」ことではなく、「犬にとって望ましい結びつきを、ていねいに作っていく」ことだと分かります。次からは、その結びつきの正体と、日々への活かし方を見ていきます。

記憶の地図 ― 短期・長期・エピソード様・においの記憶

犬の記憶は、ひとかたまりではありません。役割の違う記憶が組み合わさっています。細かい分類にこだわるより、しつけに関わる部分だけを大づかみに押さえておくと役に立ちます。

短い記憶と、長く残る記憶

いま起きたことを、ほんの短いあいだ保つ「短期の記憶」と、くり返しや強い印象をきっかけに長くとどまる「長期の記憶」があります。犬が得意なのは、後者です。かわいがってくれる家族、うれしいこと、こわい思いをした場所――こうした「生きていくうえで大事なこと」は、そう簡単には消えません。反対に、たった一度、なんとなく通り過ぎただけの情報は、長くはとどまりにくいものです。ここで注意したいのは、「短期の記憶は正確に何秒」という数字が、記事によってまちまちなことです。実験のやり方しだいで結果が変わるため、この記事では「短い記憶は長続きしにくい」という傾向だけを押さえ、秒数の断定はしません。しつけで大切なのは、望ましい行動を「長く残る記憶」に移していく、という向きです。

においが、記憶の入口になる

犬の記憶を語るうえで外せないのが、嗅覚です。ロー&ロバーツの研究(Journal of Comparative Psychology, 2019)は、犬がにおいの手がかりから「何を・どこで・いつ」という情報を覚えられることを示しました。研究では、犬はこの三つの手がかりがそろっているときに、いちばんよく覚えられました。ただし研究者は、これらが一つにまとまった記憶なのか、別々に思い出しているのかまでは分からない、と限界もはっきり述べています。ですから「犬はにおいで完全な思い出を再生する」とまでは言えません。それでも、においが犬にとって強力な記憶の入口であることは確かで、散歩でのにおいかぎや、においを使った遊びが、犬の心を満たすことにもつながります。

睡眠が、その日の学びを定着させる

覚えたことは、眠っているあいだに整理され、根づいていきます。キシュらの研究(Scientific Reports, 2017)は、犬でも睡眠と学習が結びついていること、つまり睡眠にたよった記憶の定着が起きていることの、はじめての証拠を示しました。研究では、新しいコマンドを学んだ犬が3時間の睡眠をとったあと、眠る前よりも遂行の成績が上がっていました。これは家庭のしつけにもそのまま当てはまります。長い時間つめこむよりも、短い練習をして、そのあとしっかり休ませる。このリズムのほうが、犬の身につきやすいということです。子犬の生活リズムづくりは、子犬を迎えた最初の1週間でもふれています。

「叱るなら直後」の落とし穴 ― タイミングの科学と”正解を教える”合図

「犬は結びつきで覚える」と分かると、昔ながらの「叱るなら直後に」という考え方の、どこが惜しいのかが見えてきます。同じ”タイミング”の話でも、向きを変えるだけで、犬にずっと伝わりやすくなります。

なぜ「直後」でなければ届かないのか

犬が「いまの行動」と「その結果」を結びつけるには、二つが時間的に近いことが要ります。行動から時間があいてしまうと、犬にとって両者は別々の出来事になり、つながりません。「直後に」と言われてきたのは、このためです。ところが、この原則は「叱る」だけのものではありません。むしろ本当に力を発揮するのは、「よい行動を、その瞬間に教える」ときです。人がもたついて、正解から数秒遅れて反応すると、犬はどの行動がよかったのかを取りちがえてしまいます。タイミングは、叱るためではなく、”正解を正しく結びつける”ために大切なのです。

叱るより、”正解の瞬間”を合図で教える

この「正解の瞬間を、ずれなく伝える」ために生まれたのが、マーカー(合図)を使うトレーニングです。AKC(マーカー・トレーニングの解説)は、ちょうどよいタイミングでクリッカーや決まった言葉を鳴らすことで、「いま愛犬がした、その瞬間の行動」に印をつけられる、と説明しています。合図は「あなたのいまの行動が正解でしたよ」と犬に正確に伝え、そのあと届くごほうびまでの時間を橋渡しします。だからこそ大事なのは、タイミングと一貫性です。合図は正しい瞬間に鳴らし、鳴らしたら必ずごほうびを続ける――この二つがそろって、犬に伝わります。叱って「やめさせる」よりも、「これが正解」と印をつけて伸ばすほうが、犬にとってずっと分かりやすいのです。

報酬ベースが土台になる理由

このやり方の土台には、罰ではなくごほうびで教えるという考え方があります。米国獣医動物行動学会(AVSAB)は、「あらゆる犬のトレーニングで、報酬にもとづく方法を使うことを支持する証拠がある」としています。記憶の観点からも、これは理にかなっています。よい行動によいことが結びつけば、犬は自分からその行動をくり返すようになります。反対に、こわい思いや痛みで抑えこもうとすると、犬は「その人」や「その場所」といった、意図しないものにまで悪い記憶を結びつけてしまうことがあります。しつけの手法の全体像は、犬のしつけの手法にまとめています。

一度の怖い経験が長く残る ― ネガティブ記憶と、初めてを怖くしない設計

よい記憶を作る話の裏で、忘れてはいけないのが、こわい記憶の残りやすさです。とくに子犬の時期は、ここが後々まで効いてきます。

社会化期は、社交性が恐怖を上回る「窓」

生きていくうえで危険に関わる記憶は、生存に直結するぶん、犬の心に残りやすいものです。だからこそ、初めての体験をこわいものにしない設計が要ります。AVSAB(社会化についての見解)は、「子犬の社会化にとって最も大切な時期は、生後3か月まで」だとしています。この時期は、社交性が恐怖を上回る特別な窓で、新しい人・動物・経験に慣れる最大の機会です。AVSABは、この時期の社会化が不十分だと、あとの人生で恐怖・回避・攻撃といった行動の問題につながるリスクが上がる、とも述べています。ここで注意したいのは、AVSABは「一度こわい思いをすれば必ず一生残る」とまでは言っていない点です。あくまで「こわい体験は、後の問題のリスクを上げる」という向きで受け取り、こわがらせないことを土台にします。

「初めて」を、よい記憶にする

社会化とは、たくさんの刺激にただ触れさせることではありません。犬が「これは大丈夫だ」というよい結びつきを作れるように、少しずつ、こわがらない範囲で経験を重ねることです。大きな音、知らない人、動物病院、爪切り――こうした初めてを、おやつやほめ言葉といったよいことと一緒に体験させると、「新しいこと=よいこと」という記憶が根づきます。逆に、無理じいして一度こわい思いをさせると、その相手や場所を避けるようになりがちです。子犬の社会化の具体的な進め方は子犬の社会化に、迎えた直後の過ごし方は子犬を迎えた最初の1週間にまとめています。

「におい」と「場所」が引き金になる ― 記憶と問題行動

犬がにおいや場所と結びつけて覚える、という性質は、問題行動を読み解くうえでも大きな手がかりになります。「困った行動」の多くは、特定の引き金と強く結びついた記憶から起きているからです。

「同じ場所で、同じ行動」が出るわけ

いつも同じ窓の前でだけ吠える、特定のカーペットの上でだけ排泄する――こうした「場所と結びついた行動」は、犬の記憶の仕組みそのものです。ロー&ロバーツの研究が示したように、犬はにおいや場所の情報を手がかりに、そこで「何が起きたか」を覚えています。ある場所で一度うまくいった行動(外の犬に吠えたら通り過ぎた、そこで排泄したら気持ちよかった)は、その場所と結びついてくり返されやすくなります。だから、行動だけを叱ってやめさせようとしても、引き金となる「場所とにおいの記憶」が残っているかぎり、また出てきます。吠えの仕組みは犬はなぜ吠えるのか、トイレの学習は犬のトイレトレーニングで詳しくふれています。

引き金を変える ― 環境の組み替え

記憶の引き金が「場所とにおい」なら、対策も見えてきます。行動そのものを責めるかわりに、引き金のほうを組み替えるのです。外がよく見える窓辺で吠えるなら、目かくしをして視界を変える。特定の場所で排泄がくせになっているなら、においをしっかり消し、そこへ行きにくくする。そのうえで、望ましい行動によいことを結びつけ直していきます。マンションでの近隣への配慮をふくめた環境づくりは、マンションで犬と暮らすにまとめています。また、吠えや噛みつきといった強い反応の前には、犬が出す小さな早期サインがあります。その読み方は犬のカーミングシグナルでお話ししています。

“嫌な記憶”は上書きできるのか ― 手順と、その限界

すでにこわい記憶がついてしまった相手や場面は、どうすればよいのか。ここには、きちんとした手順と、守るべき注意があります。自己流で急ぐと、かえって逆効果になることもあるため、要点を押さえておきます。

脱感作と拮抗条件づけ ― こわい結びつきを、よい結びつきへ

こわい記憶を組み替える基本の方法が、脱感作と拮抗条件づけです。VCA動物病院は、脱感作を「こわがるきっかけとなる刺激に、意図的に、少しずつ慣らしていく方法」、拮抗条件づけを「嫌な気持ちを引き起こす刺激を、よい気持ちを引き起こすものと結びつける方法」と説明しています。たとえば、掃除機をこわがる犬なら、まずは遠くで音が小さいところから始め、犬がこわがらない距離を保ちながら、おいしいおやつと一緒に体験させます。VCAは、刺激はつねに低いところから始め、犬がこわがったりストレスを見せたりしない範囲で、少しずつ強めていく、としています。二つを組み合わせることで、「その刺激=よいことが起きる合図」という新しい記憶へ、ゆっくり置きかえていきます。

やってはいけないこと ― 逆効果になる「感作」

ここでいちばん気をつけたいのが、急ぎすぎることです。VCAは、犬がこわがっているのに刺激を与え続けると、次に同じ刺激に出会ったときの反応が、かえって大げさになることがある、と注意しています。これは「感作」と呼ばれ、この方法につきものの危険です。進み具合の目安になるのが、おやつです。犬がふだんなら喜ぶおやつを受け取らなくなったり、落ち着けなくなったりしたら、それは進めるのが速すぎるサインです。いったん距離をとり、犬が落ち着いて食べられるところまで戻します。「こわいものに慣れさせるために、あえて近づける」という力ずくのやり方は、こわい記憶をさらに強めてしまうため、避けます。

重い不安は、獣医行動科へ

こうした組み替えは、軽いものをのぞけば、素人だけで進めるのが難しい面があります。VCAも、ごほうびのタイミングや刺激の強さを扱ってきた専門家と一緒に取り組むことがいつでも役に立つ、としています。強い不安や、生活に支障が出るほどの恐怖・攻撃がある場合は、動物の行動を専門にみる獣医師(獣医行動科)に相談してください。専門家が方法の調整を助けたり、必要に応じて追加の手立てを提案したりします。トレーナーは、日々の関わりと環境づくりの面から、この取り組みを支えます。

犬はどれだけ言葉を覚えるのか ― Chaser が教えてくれること

「うちの子は、どこまで言葉を覚えられるの」――これは、多くの飼い主が気になるところです。記憶研究のなかでも、とりわけ有名な一頭の話から、言葉と個体差について考えます。

1,022個の名前を覚えたボーダー・コリー

アメリカの心理学者ピリーとリードは、自分たちのボーダー・コリー「Chaser(チェイサー)」を対象に、犬が物の名前をどこまで覚えられるかを調べました(Behavioural Processes, 2011/アメリカ心理学会の解説)。Chaserは、3年におよぶ集中的なトレーニングを通じて、1,022個もの物の固有の名前を学習し、覚え続けました。名前を言われて正しい物を選ぶ正確さは、95パーセントに達したとされています。さらにChaserは、名前が「その物を指すもの」だと理解し、「くつ下を取ってきて」のように、動詞と名前を組み合わせた指示にも正しく反応できました。これは、犬が単に音に反射しているのではなく、言葉を”何かを指す記号”として扱えることを示した例です。

個体差を忘れない ― 数字を追いかけない

ここで大切なのは、Chaserが「1頭の、特別な条件での例」だということです。ボーダー・コリーという作業犬種であり、研究者が3年をかけて集中的に取り組んだ結果でした。ですから「どの犬でも1,000語を覚えられる」という話ではありません。物覚えのよさには、犬種や個体で大きな差があります。大事なのは、数字を追いかけて愛犬と比べることではなく、その子が得意なこと・好きなことを見つけ、そこを入口によい記憶を積んでいくことです。言葉を教えるときも、決まった言葉といつも同じ動作・場面を、根気よく結びつけていく――基本は、これまでお話ししてきたことと同じです。犬の学習の土台をもっと知りたい場合は、犬の行動の科学もあわせてご覧ください。

板橋の暮らしで「よい記憶」を積む、日々の関わり

ここまでの話を、毎日の暮らしに落としこみます。特別な訓練の時間をとらなくても、日々の関わりのなかで、犬に「よい結びつき」を積んでいくことはできます。

集合住宅でこそ、”よい結びつき”を設計する

板橋区は、住まいの約78.3パーセントが共同住宅という、集合住宅の多い街です(板橋区の住宅に関する統計)。エレベーター、共用の廊下、インターホンの音、外を歩く人や犬――マンション暮らしの犬は、毎日たくさんの刺激と出会います。これらは、放っておけば「こわい」「吠える相手」といった記憶に結びつくこともあれば、ていねいに設計すれば「よいことが起きる合図」に変えることもできます。たとえば、インターホンが鳴ったらおやつを一粒、エレベーターで落ち着けたらほめる。小さなことでも、刺激とよいことを結びつけ直していくと、暮らしのなかの多くの場面が、犬にとって安心できるものに変わっていきます。

毎日の小さな積み重ねが、長い記憶になる

長く残る記憶は、一度の大きな出来事よりも、小さなよい体験のくり返しから育ちます。名前を呼んで、来たらほめる。アイコンタクトができたら、よいことがある。こうした短いやりとりを、生活のなかで何度も重ねることが、いちばん確かな「よい記憶づくり」です。そして前にお話ししたとおり、練習は長くつめこまず、短くして、しっかり休ませる。眠りが、その日の学びを根づかせます。歳を重ねて、反応や覚え方に変化が出てきたときの向き合い方は、シニア犬との暮らしにまとめています。加齢による物覚えや行動の変化で気になることがあれば、早めにかかりつけの獣医師や獣医行動科に相談してください。

よくある質問

犬は、留守番のあいだのことを覚えていて怒っているのですか

帰宅したら家が荒れていた、というとき、犬が「怒って仕返しした」わけではありません。犬は、留守中の出来事と「叱られた」ことを、時間をこえて結びつけて反省する、という覚え方をしていません。荒らす行動の多くは、退屈や不安から起きています。帰宅時に叱ると、犬は「飼い主が帰ってくること」と「嫌なこと」を結びつけてしまい、かえって不安を強めます。留守番と分離不安への向き合い方は、犬の留守番にまとめています。

数か月ぶりに会っても、犬は飼い主を覚えていますか

かわいがってくれた家族のような「大事な記憶」は、犬の長く残る記憶にとどまります。犬は、姿・声・においといった複数の手がかりを結びつけて人を覚えているため、時間があいても、これらの手がかりから思い出せます。とくに嗅覚は強力な手がかりで、においが再会のきっかけになることもよくあります。

古い犬に、新しいことは教えられませんか

年齢を重ねた犬でも、新しい結びつきを作る力はあります。ただし、若いころより時間がかかったり、体の負担に配慮が要ったりします。短い練習を、こまめに、こわがらせずに重ねるという基本は、どの年齢でも同じです。感覚や体の変化に合わせた合図の組み替えについては、シニア犬との暮らしをご覧ください。

おやつを使うと、おやつがないと動かない子になりませんか

はじめは、正解を分かりやすく伝えるために、おやつを結びつけの目印として使います。行動が身についてきたら、毎回でなく時々にする、ほめ言葉やなでることに切り替えていく、といった形で、少しずつおやつを減らしていけます。大切なのは、いきなりゼロにせず、犬のなかに「この行動はよいこと」という記憶が根づいてから、ゆっくり移行することです。

まとめ ― 犬は”結びつき”で世界を覚えている

犬は「すぐ忘れる」のではありません。研究がみせるように、犬は思っている以上に多くの出来事を覚え、意図せず見た行動さえ、あとから思い出せます。うまくいかないときの本当の問題は、記憶のあるなしではなく、「何と何が結びついたか」のほうにあります。だからしつけの仕事は、叱って忘れさせることではなく、望ましい”結びつき”をていねいに作ることです。正解の瞬間を合図で教え、初めての体験をよいものにし、こわい記憶は手順を守って組み替える。そして、板橋のマンション暮らしのような日々の刺激も、一つずつ「よいことが起きる合図」に変えていく。犬の記憶の仕組みを味方につければ、毎日の関わりそのものが、いちばんのトレーニングになります。愛犬に合わせた進め方を一緒に組み立てたいときは、出張トレーニングのご予約・ご相談から、お気軽にお声がけください。

この記事の参考情報(一次ソース)

参考にした一次情報・出典(研究・獣医団体・行政)
  • Fugazza C., Pogány Á., Miklósi Á.「Recall of Others’ Actions after Incidental Encoding Reveals Episodic-like Memory in Dogs」Current Biology, 2016(PubMed)― 犬のエピソード様記憶。1分後・1時間後の想起。
  • American Kennel Club「Your Dog Remembers More Than You Think」(AKC)― 上記研究の一般向け解説。
  • Lo K.H., Roberts W.A.「Dogs (Canis familiaris) use odor cues to show episodic-like memory for what, where, and when」Journal of Comparative Psychology, 2019(PubMed)― においによる「何を・どこで・いつ」の記憶。
  • Kis A. ほか「The interrelated effect of sleep and learning in dogs (Canis familiaris)」Scientific Reports, 2017(PMC)― 睡眠依存の記憶定着。
  • American Kennel Club「Clicker Training: Mark & Reward」(AKC)― マーカーで正解の瞬間を伝える。タイミングと一貫性。
  • American Veterinary Society of Animal Behavior「Humane Dog Training Position Statement」2021(AVSAB)― 報酬にもとづく方法の支持。
  • American Veterinary Society of Animal Behavior「Puppy Socialization Position Statement」(AVSAB)― 生後3か月の社会化期と、不十分な社会化のリスク。
  • VCA Animal Hospitals「Introduction to Desensitization and Counterconditioning」(VCA)― 脱感作・拮抗条件づけの手順と、感作の注意、専門家の関与。
  • Pilley J.W., Reid A.K.「Border collie comprehends object names as verbal referents」Behavioural Processes, 2011(アメリカ心理学会 解説)― Chaserによる1,022語の学習。
  • 板橋区「住宅に関する統計(共同住宅78.3%)」(板橋区)― 区内の集合住宅の割合。

※本記事は一般的な情報提供であり、個々の犬の診断・治療に代わるものではありません。記憶や行動の変化で気になる点、強い不安・恐怖・攻撃がある場合は、かかりつけの獣医師または獣医行動科にご相談ください。

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